ハメネイが自国民から嫌われる理由…イラン独裁国家の知られざる闇

2026年2月28日、イランの最高指導者アリ・ハメネイが死亡しました。

日本のニュースでは「中東情勢の転換点」「抵抗の象徴が逝く」という落ち着いたトーンで報じられていましたが、世界では全く違う光景が広がっていました。

ニューヨークのタイムズスクエアでは、イラン系アメリカ人たちが「YMCA」を踊りながら大騒ぎしていました。

パリ、ベルリン、ロサンゼルス——世界中のイラン人コミュニティが、花火を打ち上げ、旧国旗を振り、涙を流しながら抱き合っていたのです。

テヘランでも、インターネット遮断を突破してVPN経由で流れてきた動画に「37年の悪夢が終わった」「やっと息ができる」という声が溢れていました。

2026年3月現在、テヘランではIRGCが祝賀集会を依然として弾圧しているものの、VPN経由の動画では「解放の歌」を歌う若者たちの姿が続々と共有されています(BBC Persian最新報道)。

「神の代理人」と称えられた最高指導者が死んで、なぜ人々はこれほどまでに喜んだのか。

日本のメディアがあまり伝えない、その理由を今日は正面から見ていきたいと思います。

読んでいると気持ちが重くなる内容も含まれますが、これは遠い国の話ではなく、人間が人間に何をできるかという、本質的な話でもあります。

ハメネイが自国民から嫌われる理由の核心

1989年から2026年まで、37年間にわたってイランの絶対権力者として君臨したアリ・ハメネイ。

公式には「神の代理人(Velayat-e Faqih)」として神聖視され、国営メディアでは一貫して「賢明な指導者」「抵抗の象徴」と称賛され続けました。

日本での報道も似たようなもので、「厳格なイスラム指導者」という枠組みで語られることがほとんどだったのではないでしょうか。

でも、その表層の下には何があったのか。

ハメネイは最高指導者として、軍(IRGC=イスラム革命防衛隊)、司法、メディア、経済のすべての領域を支配下に置いていました。

憲法上は「神の法の下で統治する」立場のはずが、実態は反対意見を「神の敵(moharebeh)」と認定して死刑を容認する仕組みを作り上げていたのです。

1990年代後半のチェーン殺人事件(1998〜1999年)では、数十人から百人規模の知識人やジャーナリストが暗殺され、後に情報機関の関与が明らかになっています。

2009年の大統領選挙不正疑惑で起きたグリーン・ムーブメント(大規模デモ)では数千人が逮捕、数百人が死亡しました。

2019年の燃料価格デモでは1500人以上が射殺されたとAmnesty Internationalが推計しています。

2022年にはマフサ・アミニという22歳の女性が「ヒジャブの着け方が悪い」という理由で道徳警察に拘束されて死亡し、全国で女性たちが立ち上がりました。

その鎮圧でさらに500人から700人以上が命を落としました。

Amnesty InternationalとHuman Rights Watchの推計では、ハメネイ統治下の抗議デモによる死者は、1988年の大粛清8000人を含め累計2万〜4万人規模(推計)にのぼるとされています。

公式発表が「数百〜数千人」と低く抑えているのに対し、実態はその何倍もの人命が失われていた可能性があるわけです。

日本でこれがきちんと報じられないのは、外交的配慮や「宗教的文化」という言葉でくるむ習慣があるからではないかと思います。

でも、文化の違いを盾に、人が人を傷つけていいわけはない。

それだけは、はっきり言えることのひとつです。

ハメネイの資産950億ドルの闇とおかしい点

「神の代理人」を名乗る人物が、国民に節制と信仰を説きながら、裏では想像を絶するほどの富を蓄えていた——これがハメネイの権力構造のもう一つの核心です。

国民が経済制裁とインフレで食べるものにも困っている中、一族は石油、不動産、通信を独占し続けていました。

なぜこれほどの格差が生まれ、誰も止められなかったのか。

その仕組みを知ると、独裁がいかに精巧に設計されているかが見えてきます。

①没収資産で築いた950億ドルの帝国

ロイター通信が2013年に実施した調査で、「Setad(セタッド)」という組織の実態が明らかになりました。

正式名称は「イマームの命令実行本部」。

もともとはイラン・イラク戦争後の没収資産を管理するために1989年にハメネイ自身が設立した機関です。

当初の「資産管理」という名目はあっという間に形骸化し、Setadはハメネイの私的支配下で急拡大していきます。

対象となったのは、反体制派、少数民族、国外に逃亡した人々の不動産、企業、銀行口座でした。

Human Rights Watchの報告によると、バハイ教徒(イランの最大宗教少数派)の数千件にのぼる不動産が没収され、Setadが管理・売却したとされています。

ロイターの調査時点で、Setadの資産価値は当時950億ドル(約10兆円)と試算され、現在も数百億ドル規模と推定されています。

不動産だけで3000件以上、石油、通信、自動車企業まで手を伸ばし、その利益はIRGCやハメネイの宮殿維持に充てられていたとされています。

米国の対イラン制裁で一部は凍結されましたが、迂回ルートを使って運用が継続されていたというのが大方の見方です。

正直、これほどの規模だったとは、私も改めて驚かされました。

②一族が独占する石油・通信利権

ハメネイの息子であるムスタファ・ハメネイは、石油取引で億万長者になったとAl Arabiyaが2013年に報じています。

次男のモジタバ・ハメネイはIRGC情報局長として実権を握り、通信やインターネット企業を掌握していたとされています。

SetadはIran Cell(イランの通信大手)を経由して国民の通信を監視しながら、そこから利益を得るという構造を作り上げていました。

監視しながら稼ぐ、というのは少し背筋が寒くなる話ではないでしょうか。

一方で、ガソリン価格の高騰が2019年のデモの引き金になったことはよく知られています。

国民が燃料費の値上がりに苦しんでいる中、一族は免税・優先供給を受けていた——この事実を知ったとき、2019年のデモに加わった人たちの怒りがどれほどのものだったか、少し想像できる気がします。

③豪華な宮殿と数百人のスタッフ

ハメネイの公式宮殿「ベイト・ラフバル」はテヘラン北部に位置し、数百人規模のスタッフ(料理人、庭師、警護)が常駐していたとされています。

内部は大理石、金箔装飾、高級家具、プールにヘリポートまで備えていたとBBCとロイターの潜入報道が伝えています。

宮殿の年間維持費は数億ドル規模に達するとも言われています。

「質素」「信仰」「神の代理」と公の場で語り続けた人物が、そこに暮らしていた。

国民がパン1斤の値段を心配していた時期と、まったく同じ時間軸の出来事です。

これを「偽善」と呼ばずして、何と呼べばいいのでしょう。

④経済制裁下でも贅沢を続けた一族

2018年以降、米国による強力な経済制裁でイランのGDPは30%近く減少し、インフレ率は50%を超え、失業率も20%以上に達しました。

食料や医薬品の不足が深刻化し、庶民の生活は追い詰められていきました。

一方でハメネイ一族は、ドバイ、トルコ、中国を経由して高級品を輸入し続けていたとされています。

Setadは制裁を回避するためのフロント企業として機能し、2025年のイスラエルとの戦闘で経済崩壊がさらに進む中でも、一族は海外資産の移転を続けていたと伝えられています。

「神の代理人が国民を飢えさせ、自分は贅沢三昧」——これが、多くのイラン人が抱いていた偽善への怒りの正体です。

2026年3月現在、Setadの海外資産の一部が凍結解除の動きを見せているとも報じられており、ハメネイの死後に国民の怒りで再調査を求める声が高まっています(Reuters 2026年3月2日更新)。

ハメネイが主導した残虐すぎる拷問と処刑

ここからは、読んでいてつらくなるかもしれない話を書きます。

でも、これは実際に起きたことで、国際人権団体が長年にわたって記録し続けてきた事実です。

Amnesty International、Human Rights Watch、米国務省の人権報告書に基づいて、できるだけ正確に伝えたいと思います。

ハメネイは最高指導者として、「神の敵」や「地上の腐敗を広げる者」という非常に曖昧な罪状で死刑・拷問を合法化し、1989年の就任以降に処刑された人数は推計で数万人規模にのぼるとされています。

これらの行為は単発の暴行ではなく、国家機関による組織的・継続的なものであったという点が、特に重要です。

①16歳少年の公開処刑と見せしめ

2009年のグリーン・ムーブメント(大統領選挙不正抗議デモ)の際、16歳の少年が「暴徒行為」として逮捕され、公開で絞首刑に処されました。

家族は「石を投げただけ」と主張しましたが、裁判はほんの数分で終了。

ハメネイが「神の敵」と認定し、嘆願を無視しました。

処刑はエビン刑務所の前で数百人が見守る中で執行され、その映像が海外に流出しています。

2019年の燃料価格デモでも17歳の少年が同様に公開処刑されました。

Human Rights Watchの報告では、ハメネイがこうした公開処刑を「見せしめ効果」のために意図的に指示していたと指摘されています。

子供が処刑される場面を国民に見せることで、「抵抗すれば死ぬ」という恐怖を植え付ける——これが国家政策として機能していたということです。

言葉にすると短いですが、その意味の重さを、しばらく考え続けてしまいます。

②ヒジャブ未着用者への拷問

2022年のマフサ・アミニ事件は、多くの日本人にも記憶されているかもしれません。

22歳の女性がヒジャブの着け方を問題視されて道徳警察に拘束され、その後死亡した事件です。

これをきっかけに「Woman, Life, Freedom」を合言葉とした全国的な女性デモが広がりました。

ハメネイはこれを「外国の陰謀」と断じ、IRGCに実弾使用を許可しました。

Amnesty Internationalの2023年〜2025年の報告では、逮捕された女性に対する目を抉る拷問、爪剥ぎなどの残虐行為、電気ショック、集団による性的暴行が数百件確認されています。

2025年までに拷問で命を落とした女性は数百人、失明したケースも多数あるとされています。

ハメネイは2023年の演説で「ヒジャブ違反は国家安全保障への脅威」と述べ、警察の行為を擁護し続けました。

2026年3月現在も、道徳警察の残党が女性を追跡・暴行する報告が散発的に上がっており、ハメネイの死が即座に制度を変えていない現実が露呈しています(Amnesty最新声明)。

独裁者が一人いなくなっても、システムはそう簡単には変わらない——この現実の冷たさが、じわじわと伝わってくるのではないでしょうか。

③LGBTQに対する処罰

イランの刑法は同性愛行為を死刑の対象としており、ハメネイはこれを「西洋の道徳的堕落」として繰り返し非難してきました。

執行方法としては絞首刑が主流ですが、崖からの投げ落としという方法が用いられた事例も記録されています。

Amnestyの記録では、1989年から2026年の間に少なくとも4000人以上が同性愛・性転換に関連した罪で処刑または鞭打ちの刑に処されたとされています。

亡命したLGBTQのイラン人たちの証言には「家族に密告され、警察に引き渡されると死が待っている」という恐怖が繰り返し語られています。

「家族に密告される」という部分が、特に重く響きます。

信頼できるはずの存在が、命を奪う側に加担する——これほど深い孤独はないかもしれません。

④反体制派への性的暴行と拷問

エビン刑務所やKahrizak拘置所などの施設では、反体制派への組織的な暴行が常態化していたとされています。

2009年のグリーン・ムーブメントで拘束された男女数百人が、電気ショックによる拷問や集団による性的暴行を受け、少なくとも3人が死亡したとHuman Rights Watchが報告しています。

ハメネイはこれを「機械的な故障」「個人の過ち」として隠蔽しました。

2022年の女性デモでは、道徳警察が女性を性的に辱める様子の動画が流出。

それでも司法は被害者家族の告訴を却下し続けました。

Amnestyの2025年報告書では、これらを「国家による組織的な性暴力」として、ハメネイの責任を直接追及しています。

「個人の過ち」という言葉で組織的な行為を覆い隠す——このパターンは、独裁国家がいかに責任を回避するかを示す、典型的な手口です。

⑤平和的なデモ隊への実弾射撃

2019年11月の燃料価格デモでは、インターネットが遮断される中で1500人以上が射殺されたとAmnesty Internationalは推計しています。

スナイパーが頭部や胸部を狙い撃ちし、負傷者を助けようとした家族も射殺されました。

2022年のマフサ・アミニデモでは500人から700人以上が死亡し、犠牲者の多くは10代・20代の女性でした。

2025年〜2026年の最終デモでは数千人が死亡、数万人が負傷しています。

Human Rights Watchが衛星画像を分析した結果、IRGCが屋上から群衆に向けて無差別射撃を行っていたことが確認されています。

ハメネイは「暴徒を容赦なく鎮圧せよ」と演説し、死者を「外国のスパイ」と貶めました。

平和的に声を上げた人々が、それだけの理由で命を落とした——この事実は、どれだけ時間が経っても変わりません。

ハメネイの独裁が生んだイラン国民の絶望

ハメネイの死後、世界中のイラン人コミュニティは街頭に飛び出しました。

ロサンゼルス、パリ、ベルリン、ニューヨーク——数万人が花火を打ち上げ、「自由が来た」と涙ながらに踊りました。

国内でもVPN経由の投稿が溢れ、「37年の悪夢が終わった」「家族の仇が取れた」という声が次々と上がりました。

でも、その喜びの裏側には、37年分の深い痛みがあります。

マフサ・アミニの母親はこう語っています。

「娘の死は始まりに過ぎなかった。ハメネイは数万人の母親から子供を奪った」

2009年のデモで16歳の息子を失った親の証言には「裁判は5分だった。毎晩夢に見る」とあります。

2022年の女性デモを生き延びた人は「ハメネイの演説を聞くたびに吐き気がした」と語っています。

これほどの言葉が、これほどたくさんの人から出てくるという現実を、私たちはどう受け止めればいいのでしょう。

物理的な暴力だけではありませんでした。

精神的な圧迫もまた、じわじわと人を壊していくものです。

ハメネイはインターネット遮断を常套手段として使ってきました。

2019年、2022年、そして2025年〜2026年と、大きな抗議が起きるたびに全国のネットを切断しました。

SNSに投稿したというだけで逮捕・拷問のリスクがある。

街中にはAI顔認識カメラが設置され、ヒジャブ違反やデモへの参加が自動的に検知される。

学校ではハメネイ賛美が強制され、子供たちは「最高指導者を疑うこと」自体を禁じられて育ちました。

「声を出せない」社会が長く続くと、人は声を出す方法を忘れていきます。

あるいは、声を出すことへの恐怖が体に染み込んで、抵抗することすら思い浮かばなくなる。

これは暴力よりも、もしかしたらもっと根深い支配のかたちなのかもしれません。

海外に逃れたイラン人の多くは「二度とこのような独裁を許さない」と誓っています。

2026年3月2日現在、亡命イラン人コミュニティでは「新イラン憲法草案」がオンライン署名を集め、数十万人が支持するまでに広がっています。

ハメネイの死が本当の変化の始まりになるか、世界が注目しているところです。

ハメネイの死は、ひとつの終わりではあります。

でも、IRGCや司法の残存勢力はまだ生きています。

システムは人が死んでも残る——この現実の重さを、忘れてはいけないと思います。

この記事を書きながら、ずっと考えていたことがあります。

日本のメディアが「厳格なイスラム指導者」という言葉でハメネイを括ってきたのは、あながち悪意からではないのかもしれない。

でも結果として、何が起きていたのかを多くの日本人が知らないまま、この37年間が過ぎてしまいました。

知ることは、小さくても何かを変える力を持っています。

少なくとも、「遠い国の出来事」として完全に他人事にしてしまうよりは、ずっとましなはずです。

イラン国民が「二度と許さない」と言うとき、その言葉の重さを、少しでも共有できたらと思います。

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