「創価大学=創価学会員」――そう思っている人は、案外多いかもしれません。
たしかに名前からして“いかにも”ですが、その内側を正確に知っている人は、意外と少ないのではないでしょうか。
さらに、2025年ドラフト候補・立石正広の存在も、このイメージに拍車をかけています。
けれど、それって本当に“そういう話”なんでしょうか。
創価大の信仰率や在学生の実態を知ると、思い込みが少し変わるかもしれません。
創価大学=学会員は誤解?
結論から言うと、創価大学は“学会員限定の大学”ではありません。
むしろ、大学側は「信仰の自由」を明言しています。
入試でも信仰を問われることはなく、イスラム教徒の留学生なども受け入れています。
授業で創価学会の教義を学ぶわけでもなく、勧誘も禁止されています。
「宗教系の大学なんて…」と構えてしまいがちですが、たとえばキリスト教系の大学も、学生全員がクリスチャンとは限りませんよね。
あれと似た感覚です。
ただし、“学会員が多い”というのは事実です。
創価大学は創価学会が設立した学校法人。
その関係もあり、親が学会員の家庭から進学するケースが多いのは自然です。
とはいえ、ここで誤解が生まれやすい落とし穴があります。
- 学会員が多い=全員学会員
- 創価大=宗教洗脳
こんなふうに、ゼロか百かで語られてしまうと、実際とはかなりズレが出てきます。
スポーツ推薦で入る学生、進学実績で選んだ学生、就職支援を重視した学生…
理由は人それぞれ。
SNSでは「創価大に入ったけど自分は学会員じゃない」という人もいます。
中には「創価ってだけで就活で敬遠された」という声もあり、逆に“名前のハンデ”を感じている非会員の学生もいるのです。
つまり、創価大学というのは、信仰を強制される場所ではなく、むしろ“信仰を問わない”場所なのです。
例えるなら、「ヴィーガンの店だけど、肉食の人も普通に入れる」ようなものです。
入ったからといって、菜食主義に目覚める必要はありません。
ただ、そういう文化がベースにあるというだけの話です。
ネットの“決めつけ”って、怖いですよね。
見た目や肩書きだけで「こうに違いない」と思い込んでしまう。
でも、実際の創価大学はそんなに単純な場所ではありません。
さて、そんな創価大学に在籍する立石正広選手。
彼が創価学会員かどうか――次で見ていきます。
立石正広は創価学会員なのか

引用 : 中日スポーツ
「創価大ってことは、やっぱり学会員じゃないの?」
ドラフト1位候補ともなれば、野球の実力だけじゃなく、背景まで気にされてしまう。
本人からすれば「そっちじゃない!」と言いたくなる話です。
結論から言うと、立石正広が創価学会員かどうかは分かっていません。
本人がどこかで「信仰しています」と語ったこともない。
取材で宗教の話題が出た形跡もない。
つまり、確定情報ゼロです。
それでもネットは勝手に推理を進めるのです。
では、立石のプロフィールを少し整理してみます。
- 山口県防府市の出身
- 高川学園高校で活躍し、創価大学へ進学
- 母は元バレーボール選手(オリンピック代表経験あり)
- 父も日体大出身のバレーボール選手というガチのスポーツ一家
ここに宗教の影を感じますか?
たぶん多くの人が、こう思うはず。
「普通にスポーツの実力で進学したんじゃない?」
確かに、創価大学は創価学会と関係が深い大学。
しかし、それは“信仰を強制する”という意味ではありません。
そして、重要なポイントがもう一つ。
スポーツ推薦で入る学生は非会員の例が多いということ。
たとえば箱根駅伝選手の中にも『自分は学会とは無関係』という証言があります。
大学側にとって重要なのは、宗教ではなく戦力。
だから、立石も実力で選ばれた可能性が高いというわけです。
それでもネットは言う。
「いや、信者なら高校も創価高校だったはず!」
ある匿名投稿ではこんな指摘があります。
「創価高校のない県から、宗教目的で県外に出す親はなかなかいない」
確かにその通りです。
ましてやスポーツで結果を出してきた家庭なら、“実績が伸びる進路”が最優先になるでしょう。
宗教のためではなく、打球を飛ばす未来のため。
ここまで整理すると、こうなります。
- 学会員の可能性:ある
- でも断定はできない
- むしろ非会員の可能性が高い
これが冷静な答えです。
しかし、ここで一つモヤモヤが生まれます。
そもそも、なぜ宗教を“暴きたがる”のか?
もしあなたの知人が、
「ところであなた、どの宗教です?」
と突然聞いてきたら、どうしますか?
ちょっと怖いですよね。
SNSでよく見られる声です。
「信仰は心の中の話。公言してない人に踏み込むのは違う。」
その通りだと思います。
宗教は、「好きな球団は?」より聞きにくい。
「応援する政党は?」よりセンシティブ。
なのに、野球選手が注目されると、なぜかその“静かな部分”まで引っ張り出される。
まるで、「OPSよりも寺の名前を気にしている」ような違和感です。
立石正広は、未来のホームランバッター。
一発で試合の空気を変える男。
そのバットの重さを、信仰の重さと混ぜないでほしい。
ここが今日、いちばん言いたいことかもしれません。
では、そもそも「創価大=学会員?」という空気はなぜ生まれるのか。
それは、創価大学の信仰率、つまり「学会員はどれくらいいるのか?」が見えにくいからです。
次は、その“数字の曖昧さ”に迫ります。
静かな誤解の正体が見えてきます。
創価大の信仰率は高いのか
「創価大学って、結局どれくらい学会員がいるの?」
多くの人が気になるポイントです。
しかしこの“信仰率”、公式な数字は存在しません。
大学は「信仰の自由」を掲げているため、学生の宗教を集計すること自体がありません。
だからこそ、ネット上では“憶測が憶測を呼ぶ状態”が続いているのです。
では、可能な範囲で現実を見てみましょう。
多くの報道や関係者が言うのは、
学会員は多いけれど、全員ではない
ということ。
中には『8〜9割が学会員』という声もありますが、これは体感ベースの推測です。
あくまで、創価学会が設立した大学という歴史があるため、「代々学会家庭」からの進学が多いのは自然なこと。
一方で、非会員も普通にいます。
特にスポーツ推薦枠は『信仰より実力』が重視されます。
駅伝部・野球部の非会員率が高いという声もあります。
実力がある選手を集めたいのは、どのチームでも同じですからね。
創価高校を経ずに創価大に来る学生も多い。
進路の決め手は、あくまで
- 野球の未来
- 勉強の環境
- 就職支援の手厚さ
など、実利的な部分が大きいようです。
そして、宗教の多様性にも配慮があります。
たとえばイスラム教徒の留学生も在籍し、ハラール対応の食堂メニューもあります。
むしろ宗教的な強制はなく、勧誘は禁止されています。
ある学生はこう言います。
「名前で先入観を持たれがちだけど、中身は普通の大学です」
では、なぜ“信仰率”にこだわる声が消えないのか。
それはやはり、
創価=宗教が強く見える
という世間の先入観があるからです。
かつて政教分離が話題になったり、選挙で名前が出たり、ネットの『創価陰謀論』が根強いです。
でも、そうした外側の雑音と、学生が送る日常は別物です。
SNSでは
「創価ってだけで距離置くのは違うでしょ?」
という声も増えてきました。
ここまで整理すると――
『信仰率は高めだが、全員ではない』が現実です。
創価大学に通っているからといって、その人の信仰まで決めつけるべきではありません。
ましてや立石正広のように、プロを目指し、本気で勝負してきた選手ならなおさら。
立石が学会員かは、本人の自由・本人の領域。
創価大の信仰率は、あくまで推測で語られる数字。
わからないことを、「きっとそうに違いない」と決めつける社会で本当にいいのでしょうか。
知らない不安を埋めるために、人を色メガネで見る必要はないはずです。