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殺人現場のスラング的お供え物の意味とは?スポンジや馬券が置かれる理由

最上あい お供え物 意味
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「殺人現場にスポンジ?」

「馬券がお供えされる意味って?」

そんな不思議な光景に、違和感を覚えた人も多いのではないでしょうか。

普通、お供え物といえば花や線香、飲み物などが定番ですよね。

 

しかし、なぜか殺人事件の現場には、スポンジや馬券、ロックアイスといった奇妙なアイテムが置かれることがあるのです。

これは単なる偶然ではなく、特定のスラング的な意味が込められている可能性があるとか…。

 

「え、そんな意味があったの!?」

と思うようなものもあり、ネットでも

  • 「怖すぎる」
  • 「何かのメッセージでは?」

と話題になっています。

 

いったい、これらのお供え物にはどんな意味があるのでしょうか?

また、こうした異様なお供えをする人は、どんな心理で置いているのでしょう?

 

今回は、殺人現場で見かける謎のお供え物の意味や、それを置く人の心理について深掘りしていきます。

「まさか、あれもスラングだったの…?」と驚くような話が出てくるかもしれませんよ。

※最上あいのお供え物の意味について知りたい人は、『悪い意味のお供え物を置く人の心理とは?』の中にある『④個人的な関係性』の項目をお読みください。

 

殺人現場のスラング的お供え物の意味

 

ある殺人事件の現場に、スポンジ・馬券・ロックアイスなどの奇妙なお供え物が置かれているのを見たことはありませんか?

花や飲み物といった一般的なお供え物と違い、これらのアイテムには特定のスラング的な意味が込められている可能性があります。

事件の背景によっては、哀悼ではなく皮肉や批判のメッセージとして使われることもあるのです。

 

たとえば、金銭トラブルが絡む事件では「馬券=賭け事」「ロックアイス=冷酷な態度」「スポンジ=すべてを吸収して消す」といった解釈がされることも。

このように、お供え物が「スラング」として機能することで、事件に対する世間の見方やネット上の議論にも影響を与えています。

 

では、具体的にどのような「悪い意味」が込められているのでしょうか?

次の章では、実際に見られるスラング的お供え物の種類と、その意味を詳しく解説していきます。

 

こんなにもある?悪い意味を持つお供え物

 

殺人現場に花や飲み物が供えられるのはよくある話ですが、「え、これって供えるものなの?」と思うようなアイテムが置かれていることがあります。

しかも、それらにはスラング的な意味や皮肉が込められていることも…。

 

では、実際にどんなものが置かれていて、それにはどんな意図があるのか?

(※解釈には諸説あります)

代表的なアイテムを紹介していきます。

 

① 黄色いアイリスの花 🌼

 

花言葉:「復讐」「報復」

花って、どんなものでも故人を偲ぶためのものだと思っていませんか?

でも、実は花の種類によっては、強烈なメッセージが込められていることもあるのです。

 

たとえば、黄色いアイリス。

この花の花言葉は「復讐」「報復」。

殺人事件の背景に怨恨やトラブルがあった場合、「これは皮肉なのでは?」と考えたくなるのも無理はありません。

 

黄色いアイリスの花

 

アイリスの花は色によって花言葉が異なります。

青:「強い希望」「大きな志」「信念」

白:「あなたを大切にします」「純粋」「思いやり」

紫:「知恵」「雄弁」

 

② ロックアイス 🧊

 

スラング:「on the rocks」=「破綻」「崩壊」

コンビニやスーパーで買えるロックアイス。

なぜか事件現場に供えられることがあるのですが、その意味は「人生の崩壊」。

 

「on the rocks(オン・ザ・ロック)」という言葉には、「お酒を氷入りで飲む」という意味だけでなく、「破滅」「失敗」といったネガティブな意味もあるのです。

また、冷たく硬い氷は、「冷酷」「冷たい現実」の象徴とも取れます。

つまり、「あなたの人生、氷のように冷たく終わったね」という皮肉にも…。

 

ちなみにまったく逆のいみもありました。

この辺りは賛否両論意見が分かれそうです。

 

③ レモンティー 🍋☕

スラング:「lemon」=「役立たず」「欠陥品」

レモンティーと聞くと、なんだかオシャレなイメージがありますよね。

でも、英語圏では「lemon」という言葉が「欠陥品」「使えないもの」という意味で使われることがあるんです。

 

そのため、「レモンティーを供える=その人の価値を否定する皮肉」という解釈も。

「社会にとって役に立たない存在だった」という強烈なメッセージを込めている可能性もあるとか…。

いやいや、普通に紅茶を供えたかっただけかもしれませんが、深読みすると怖いですね。

 

ただ、故人がレモンティー好きだった場合もあると思うので、必ずしもこれは当てはまらないのではないかと思っています。

 

④ キッチンスポンジ 🧽

 

スラング:「sponge」=「他人から吸い取る人」「寄生者」

「スポンジなんて供える意味あるの?」と思った方、ちょっと待ってください。

英語で「sponge」は、「スポンジ」以外にも「他人から搾取する人」「寄生する人」という意味を持ちます。

 

つまり、金銭的に他人に頼る生活をしていた人に対して、「お前はスポンジみたいに吸い取ってばかりだったな」と皮肉を込めるために置かれている可能性があるのです。

また、「汚れを落とす」という意味から、さらに嫌味なニュアンスが含まれることも…。

 

スポンジのスラングの意味

 

ただのキッチン用品が、こんな嫌がらせアイテムにされるとは、ちょっと驚きですよね。

 

⑤ 馬券 🎫

 

象徴:「ギャンブル」「運任せの人生」

「人生はギャンブル」。

そんな言葉がありますが、事件の現場に馬券が供えられるのは、まさにその象徴かもしれません。

 

「運に頼った生き方だった」

「人生を賭けて失敗した」

 

こんな意味が込められている可能性があるのです。

また、金銭トラブルが原因の事件なら、「お前の人生も博打だったな」と揶揄する意味にも…。

 

⑥ グミ 🍬

解釈:「Gummi」=「I dislike you(あなたが嫌い)」の連想

「え、グミ??」

ちょっと可愛いお菓子ですが、これにも皮肉が込められている可能性があるのです。

 

「Gummi(グミ)」はドイツ語ですが、英語の「I dislike you(あなたが嫌い)」と発音が似ていることから、嫌悪感を表すアイテムとして置かれることがあるとか。

とはいえ、単なる偶然で置かれている可能性もありますけどね…。

 

⑦ 子供銀行券(おもちゃのお金) 💴

 

象徴:「偽物の価値」「金銭のだらしなさ」

事件の背景に借金や金銭トラブルがある場合、子供銀行券が置かれることがあります。

 

「本物のお金すら持てなかった」

「お金の管理ができなかった」

 

そんな皮肉を込めた可能性があるのです。

おもちゃのお金を置くなんて、さすがに悪意がありすぎる気もしますが…。

 

⑧ 安物の酒(激安缶チューハイなど) 🍶

 

象徴:「安っぽい人生」「みじめな末路」

普通、お酒をお供えするのは、故人が好きだったからという理由が多いですよね。

 

でも、わざと激安の酒を供えることで、「安っぽい人生だったな」と馬鹿にする意味を込めるケースもあるとか…。

供える側の心理が気になりますね。

 

 

⑨ 壊れた時計

 

象徴:「時間切れ」「終わった人生」

壊れた時計は、「人生の終わり」を示唆するものとして置かれることがあります。

時計が止まる=その人の時間が止まった、というメッセージにも…。

ちょっとゾッとしますね。

 

⑩ カビたパンや腐った食べ物 🍞

象徴:「腐った人間性」「価値のないもの」

これに関しては、もう完全に「嫌がらせ」ですよね。

 

「お前は腐った人間だった」という敵意が込められている可能性もあります。

もし実際に置かれていたとしたら、もはや呪いのアイテムレベル…。

 

まとめると、お供え物には、本来「故人を偲ぶ」という意味がありますが、こうして見てみると、時には皮肉や批判のメッセージが込められることもあるのです。

「お供え物=哀悼の意」とは限らない。

そう思うと、事件現場にあるものも、また違った見え方をしてきますね

 

悪い意味のお供え物を置く人の心理とは?

最上あい お供え物 意味

 

殺人現場に花や飲み物を供えるのは、故人を偲ぶ一般的な行為です。

しかし、時にはスポンジや馬券、ロックアイスなど奇妙なアイテムが並ぶこともあります。

 

 

これらは単なる供養ではなく、何らかのメッセージが込められている可能性があるのです。

では、こうした「悪い意味を持つお供え物」を置く人の心理とは?

背景を探ると、いくつかの動機が見えてきます。

 

①怒りと批判:ストレートに非難はできないけれど…

 

事件の背景に金銭トラブルや恨みが絡んでいる場合、直接的な言葉ではなく象徴的なアイテムで怒りを表す人もいます。

例えば、「復讐」の花言葉を持つ黄色いアイリス。

「借金を吸い取る」という意味が込められたスポンジ。

これらは、故人や事件関係者に対する無言のメッセージなのかもしれません。

 

②皮肉とユーモア:ネットのブラックジョークの影響

 

ネット上では、事件すらネタ化されることがあります。

特に、「ブラックユーモア」や「皮肉」を楽しむ文化の影響を受けた人々が、供え物をジョークの延長として考えてしまうケースも。

 

「馬券=人生はギャンブルだった」

「レモンティー=役に立たない存在」

 

このようなスラング的意味を持つアイテムを供えることで、「わかる人にはわかる」内輪ネタとして消費されてしまうこともあるのです。

つまり、ネットのブラックジョークの影響ですね。

しかし、それを現実の事件現場でやるのは、さすがに度が過ぎている気もしますね…。

 

 

③注目を集めたい:SNS時代の承認欲求

 

奇妙なお供え物は、写真や動画に撮られ、SNSで拡散されやすいという特徴があります。

「こんなお供え物があった!」

「意味深すぎる!」

そんな投稿がバズれば、供えた人は「話題の発信者」になれるのです。

 

つまり、「奇抜なものを置けば目立てる」「SNSで注目を浴びたい」という承認欲求が動機になっているケースも。

特に、炎上商法的な発想で行動する人が増えている現代では、こうした行為がエスカレートする傾向もあります。

 

④個人的な関係性:(必ず読んでください!)

 

時には、故人や加害者と何らかの関係を持っていた人が、内輪の意味を込めて供え物を置くこともあります。

たとえば、二人の間で特別な意味を持つアイテムや、関係者しか分からないスラングを含むもの。

こうしたお供え物は、外部の人から見れば単なる「謎」ですが、関係者にとっては強烈なメッセージになっている可能性もあります。

 

今回、高田馬場で刺殺された女性ライバーの最上あいさんの件に関しては、このようなポストを発見しました。

今は知らない人たちが憶測で話すのは仕方ないと受け止める努力をしてる。

借金については俺も知らんかったから馬鹿だなとは思うけど、命を奪っていいわけないだろ。

目立ってるカラフルなスポンジは俺が置いた。

故人がいろんなスポンジを試すのが好きだったから。

興味ない俺からしたらむしろスポンジで遊んでるように見えたくらい。

でもすでに置かれてるスポンジもあって、ちゃんと知ってる人も足を運んでくれたんだなって嬉しかった。

ロックアイスもそう。

氷が好きだったのを知ってる人が置いたんだと思う。

世間からどれだけ叩かれようとも俺はずっとあいりの味方だし、一緒に叩かれてやるよって思ってる。

俺にとってあいりは可愛くて賢くて頼りになる存在だった。本当に感謝してる。

引用:@migi_fuwa

 

このように『スポンジ』も『氷』も故人を偲ぶところで置かれていたという事実もあります。

このようにネットの情報に惑わされることは多いので、何が真実かはしっかりと見極めていかなければいけませんね。

 

奇妙なお供え物にネットの反応は?

 

殺人事件の現場に供えられたスポンジや馬券、ロックアイス。

普通のお供え物とはまったく違う、謎のアイテムたち。

これを見た人たちの間で、「一体どういう意味?」とざわつく声が広がっています。

 

特にX(旧Twitter)では、大きな話題に。

  • 「こんなの供養じゃない!」
  • 「故人をバカにしている」

 

そんな批判的な意見が多く見られます。

  • 「遺族や近隣住民の気持ちを考えろ」
  • 「ただの迷惑行為では?」

 

こんなふうに、倫理的な問題として指摘する声も少なくありません。

でも、その一方で、これをネタとして面白がる人たちもいるのです。

 

  • 「スポンジを供える発想が天才的ww」
  • 「次は何が置かれるのか楽しみ」

そう、ネット特有のブラックユーモアやミーム文化が影響しているのかもしれません。

 

アイテムに込められたスラング的な意味を知ると、「なるほど」と思う部分もありますが、それを現実の事件現場でやるのは、さすがにやりすぎな気もします。

さらに、この現象を冷静に分析する人たちも。

  • 「事件の注目度が高いほど、こういうことが起こるよね」
  • 「ネットの闇がリアルに反映されている」

 

まるで炎上商法のように、話題になればなるほど過激化する

  • 「じゃあ、もっと面白いものを置いてやろう」
  • 「目立ちたい」

そんな承認欲求が、新たなお供え物を生み出しているのです。

 

もはや、事件現場は哀悼の場ではなく、ネット文化と報道が交差する奇妙な舞台になってしまっているのかもしれません。

この流れ、どこまで続くのでしょうか。

本来、殺人事件の現場は哀悼の場であるはずです。

 

しかし、そこに悪意のあるお供え物が並ぶことで、批判や嘲笑の舞台へと変貌してしまうことがあります。

特に、ネット文化の影響が強い現代では、事件に対する感情が「供え物」という形で表現されることも増えているのかもしれません。

 

しかし、それが正しい行為なのかどうか…。

そして、それは本当に真実なのかどうか…。

 

私たち自身も、こうした現象に対して考える必要がありそうです。