2026年1月26日、新潟県十日町市で中学3年生の樋口まりんさん(14歳)が忽然と姿を消しました。
午後7時頃まで家族とリビングで過ごしていたはずの少女は、そのわずか数十分後には家のどこにもいなかったのです。
スマホも財布も自宅に残されたまま。
大雪に見舞われた豪雪地帯で、氷点下の夜に、14歳の少女が突然姿を消す——そんなことが本当にあり得るのでしょうか。
私自身、子どもを持つ親として、この事件を知ったとき背筋が凍る思いがしました。
「うちの子に限って」——そう思いたい気持ちは痛いほど分かります。
でも、樋口さんのご両親もきっと、つい数十分前まではそう思っていたはずなのです。
失踪から約20分で保護者が110番通報したという事実は、ご両親の危機意識の高さを物語っています。
本記事では、報道やネット上の議論から浮かび上がる数々の不可解な点を整理し、樋口まりんさんが今どこにいる可能性があるのかを考察していきたいと思います。
2月3日現在、行方不明から1週間以上が経過しましたが、依然として発見には至っていません。
一日も早い無事の発見を、心から願っております。
目次
まず、2026年2月3日時点で判明している最新情報を整理しておきます。
事件の概要を正確に把握することが、考察の第一歩ですよね。
失踪日時は2026年1月26日(月)午後7時頃とされています。
当初は午後7時30分頃と報じられていましたが、その後修正されました。
場所は新潟県十日町市新座甲の自宅です。
夕食後、家族とリビングで過ごしていたまりんさんは、最後に確認されたのが午後7時頃でした。
その後突然姿を消し、家族が家内を探したものの見つからなかったとのことです。
玄関の鍵が開いていたという情報もあります。
普段は施錠していたそうですから、これは気になるポイントではないでしょうか。
スマホや財布などの貴重品は自宅に残されたままでした。
置き手紙などの兆候はなかったそうです。
また、2025年暮れ頃から病気のため自宅療養中だったという重要な情報も明らかになっています。
父親によれば「元気な日が少ない状態」だったとのこと。
この療養中という事実が、事件を考える上で非常に重要な鍵を握っているように思えます。
警察から発表されている特徴は以下の通りです。
身長は約154cm、体格はやせ型。
髪は黒色のセミロングで、眼鏡はかけていません。
いずれかの足首にミサンガを1本つけているという特徴もあります。
当時の着衣については、28日以降に情報が更新されました。
黒色のジャンパー、胸に白色の刺繍が入った紺色セーター、水色デニムズボン、黒色ブーツ(丈が短いもの)を着用している可能性があるとのことです。
当初は上着・靴なし(裸足の可能性)との情報でしたが、その後ジャンパーとブーツがなくなっていたことが判明し、修正されました。
この情報の修正は、捜索の方向性にも影響を与えたのではないでしょうか。
行方不明から約1週間が経過しました。
残念ながら、現時点で発見には至っていません。
警察(十日町署・新潟県警)は事件・事故の両面で捜査を継続中です。
大雪が最大の障害となっています。
失踪時の積雪は約236cmに達しており、その後も降雪が続いています。
ヘリコプターや警察犬の出動は27日のみで、それ以降は天候により制限されているとのこと。
雪壁で防犯カメラの範囲が狭まるなど、捜索は困難を極めています。
初期は警察・消防合わせて50〜100人態勢で自宅周辺、用水路、信濃川河川敷などを捜索しました。
現在は態勢を縮小しつつも、聞き込み、防犯カメラ・ドライブレコーダーの確認、全国からの情報精査を継続しています。
県内外から多数の情報提供があるとのことです。
目撃情報も含まれているようですが、詳細は明らかになっていません。
1月26日の夜、樋口家のリビングでは何が起きていたのでしょうか。
この「空白の時間」を紐解くことが、事件解明の鍵を握っているように思えてなりません。
報道によれば、家族が樋口まりんさんの姿を最後に確認したのは午後7時頃のこと。
家族全員でリビングにいて、ごく普通の月曜日の夜を過ごしていたといいます。
中学3年生の1月といえば、受験を控えた大切な時期です。
ご両親も本人も、きっと緊張感のある日々を送っていたことでしょう。
ところが気づけば彼女の姿がどこにもなかった。
たった数十分という時間で、14歳の少女は煙のように消えてしまったのです。
子育てをしていると分かりますが、数十分という時間は本当にあっという間ですよね。
夕食の片付けをしている間、スマホでニュースをチェックしている間、ちょっとトイレに立った間。
その隙に子どもが姿を消すなんて、どこの家庭でも起こり得ることなのかもしれません。
でも、ここで少し引っかかることがあります。
それは、争った形跡がないという点です。
もし外部から何者かが侵入し、無理やり連れ去ったのであれば、何らかの物音や気配があってしかるべきではないでしょうか。
家族がリビングにいる状況で、隣の部屋から悲鳴一つ聞こえなかったとすれば、それは物理的にかなり不自然に思えます。
一般的な住宅であれば、玄関から外に出る際にはドアの開閉音がするはずです。
冬場なら冷気も入ってくるでしょう。
にもかかわらず、家族は彼女が外に出たことにすら気づかなかったという。
この「音なき消失」をどう説明すればいいのでしょうか。
一つ考えられるのは、彼女自身が音を立てないよう細心の注意を払って家を出たというシナリオです。
思春期の子どもが、親に内緒で何かをしたいと思うことは珍しくありません。
しかし、それなら——スマホを持っていかないのはおかしいのではないでしょうか。
計画的な外出であれば、真冬の夜に連絡手段も持たずに出るはずがないからです。
もう一つの可能性として、ネット上では「車での迎え」説が根強く囁かれています。
もし誰かが家のすぐ前まで車で迎えに来ていて、何らかの方法で「今着いたから出てきて」と連絡していたとしたらどうでしょう。
それなら、彼女は「すぐ戻るから」という軽い気持ちで、サッと外に出た可能性があります。
そしてそのまま戻ってこなかった。
この説の怖いところは、彼女が自分の意思で玄関を開けた可能性があるという点です。
つまり「拉致」ではなく「誘い出し」だった可能性がある。
考えたくない可能性ですが、目を背けてはいけないのかもしれません。
父親への取材で明らかになった「自宅療養」という事実は、この事件を考える上で極めて重要な手がかりとなります。
2025年暮れ頃から約1ヶ月以上にわたって療養が続いていたということは、単なる風邪やインフルエンザのような一時的な体調不良ではないことを示しています。
中学3年生の1月といえば、多くの生徒が高校受験の追い込みに入る時期です。
その大切な時期に学校に行けない状態が続いていたということは、彼女と家族にとって相当な負担だったに違いありません。
父親が語った「元気な時の方が少ない」という言葉からは、日常的に体調不良が続いていた様子が伺えます。
具体的な病名は公表されていませんが、長期間の療養が必要な状態だったことは確かでしょう。
考えられる病状としては、身体的な疾患の可能性ももちろんあります。
慢性疲労症候群や自己免疫疾患など、若い世代でも長期療養を要する病気は存在します。
しかし、ネット上では精神的な要因を指摘する声が多く見られます。
十日町市のような豪雪地帯では、冬季の日照時間が極端に短くなります。
この環境が「季節性感情障害」、いわゆる冬季うつを引き起こすケースは珍しくないのです。
特に思春期の子どもは、ホルモンバランスの変化やストレスへの耐性が不安定な時期にあります。
受験のプレッシャー、将来への不安、友人関係の悩み。
これらが重なったとき、心身のバランスを崩してしまうことは想像に難くありません。
不登校状態だったかどうかについて、公式な発表は出ていません。
しかし、約1ヶ月以上の療養期間を考えると学校に通えていなかった可能性は高いと思われます。
学校に行けない状態が続くことで、彼女が社会から孤立感を深めていた可能性は考えられます。
家族以外との接点が減り、自室で過ごす時間が増える。
そんな日々が続けば、心の中に閉塞感が溜まっていくのは自然なことかもしれません。
療養中の子どもを支える家族の苦労も、計り知れないものがあります。
ご両親は、娘の体調を心配しながら、受験期という大切な時期をなんとか乗り越えようとしていたはずです。
それがこんな形で引き裂かれるとは、想像を絶する辛さでしょう。
失踪時の彼女の行動は、一見すると非常に不可解に映ります。
氷点下の真冬の夜に、スマホも財布も置いたまま外へ出る。
普通に考えれば、こんな行動を自発的に取る人はいません。
しかし、彼女が療養中だったという情報を踏まえると、この「不自然な行動」にも心理的な説明がつくかもしれません。
ここでは、彼女の心の動きについて、いくつかの視点から考察してみたいと思います。
療養中の病気が、精神的な不安定さを引き起こしていた可能性は十分に考えられます。
父親の「元気な時の方が少ない」という発言からは、慢性的な体調不良が続いていたことが伺えます。
もし彼女がうつ症状や不安障害を抱えていたとすれば、冬の閉塞感がそれを悪化させてしまうこともあるでしょう。
新潟の冬は長く、厳しい。
雪に閉ざされた環境で、外出もままならない日々が続きます。
健康な人でも気が滅入るような状況で、すでに心身のバランスを崩している少女がどれほど辛かったか。
X上では「発作的に家を出たのでは」という意見も見られます。
精神的に追い詰められた状態では、普段なら絶対にしないような衝動的な行動を取ってしまうこともあります。
思春期の中学生ともなると、外部からの刺激に対して敏感に反応しやすい時期です。
家族との些細なやり取りがきっかけで、突発的なパニックを起こすこともあり得ます。
療養による孤立感が、彼女の心をさらに脆くしていたのかもしれません。
親として、子どもの心の変化にすべて気づくことは難しいものです。
ましてや療養中であれば、体調のことで精一杯で、心の奥底まで見通すことは容易ではないでしょう。
特にこの時期の子育ては本当に難しいことも多いので、ご両親を責めることは誰にもできません。
令和を生きる中学生にとって、スマホは単なる通信機器ではありません。
友人との繋がり、情報収集、暇つぶし、そして自己表現の場。
生活のあらゆる場面でスマホは欠かせないツールになっています。
そのスマホを置いていったという事実は、何を意味するのでしょうか。
一つの解釈として、「追跡されたくない」という心理が考えられます。
スマホにはGPS機能がついており、持っていれば居場所を特定される可能性があります。
しかし、もう一つの解釈もあります。
それは「家族や外の世界との繋がりを断ち切りたい」という心理です。
ネット上では、これを「拒絶のメッセージ」として解釈する声もあります。
療養中の孤独な日々の中で、彼女はスマホを「監視ツール」のように感じていたのかもしれません。
親からのLINE、GPS追跡、友人からの連絡。
それらが「負担」になっていた可能性もあります。
スマホを置いていくことで、彼女は一時的にでも「自由」になりたかったのかもしれません。
すべての繋がりを断ち切って、一人になりたかった。
もしそうだとすれば、彼女の心はどれほど追い詰められていたのでしょうか。
思春期の子どもの心は、大人が思う以上に繊細で複雑です。
親の心配が、時として「監視」や「束縛」に感じられてしまうこともあります。
誰だって、家出を試みようと思ったことはあるものですし、それは決して親が悪いわけではなく、思春期特有の心理状態がそうさせるのです。
仮に彼女が自ら外に出たのだとしたら、豪雪地帯である十日町市において、この行動は冷静な判断のもとで行われたものではないでしょう。
何らかの衝動に駆られて、気づいたら外に出ていた。
そう考えるのが自然かもしれません。
きっかけとして、家族との口論を疑う声がネット上では多いようです。
失踪が確認されてから通報までが比較的早かったことも、その根拠として挙げられています。
もし直前に何かトラブルがあったとすれば、家族はすぐに「まずい」と感じたはずだからです。
もちろん、これは憶測に過ぎません。
しかし、思春期の子どもと親の間で衝突が起きることは、どこの家庭でも珍しくないのです。
特に療養中で心身ともに不安定な状態であれば、些細な言葉がきっかけで感情が爆発することも考えられます。
親子の口論なんてものは、どこの家庭でも起こり得ることです。
むしろ、何も言い合わない方が不自然だし、誰もが経験することだと思います。
ご両親が早く通報したのは、娘を心配する気持ちの表れでしょう。
「万が一を考えると待っていられない」という思いが、迅速な行動につながったのではないでしょうか。
冬季うつの症状として、絶望感や衝動性が高まることがあるといいます。
ホルモンバランスの乱れが、それをさらに増幅させることもあると考えれば、彼女が外に「救い」を求めてしまったとしても不思議ではありません。
あるいは、ただ「ここではないどこか」へ行きたかっただけなのかもしれません。
家の中にいることが耐えられなくなって、気づいたら外に出ていた。
そんな状況だったとしたら、彼女を責めることは誰にもできません。
仮に彼女が療養中で体力が低下していたとすれば、氷点下の雪の中を長距離移動することは困難でしょう。
そう考えると、彼女は自宅からそう遠くない場所にいる可能性があります。
しかし一方で、第三者の関与を疑う声も根強く存在します。
ここでは、彼女が現在いる可能性のある「場所」について、いくつかのシナリオを検討してみたいと思います。
まず考えられるのは、実は自宅からそう遠くない場所にいるというケースです。
十日町市の新座地区は山間部に位置し、周囲には空き家や農作業用の納屋が点在しています。
もし彼女が何らかの理由で外に出た直後に、近くの建物に身を隠したとすれば、警察の初動捜索をすり抜けた可能性はゼロではありません。
2016年に北海道七飯町で起きた7歳男児の行方不明事件では、捜索隊180人と警察犬が投入されたにもかかわらず、男児が隠れていた自衛隊演習場の小屋は当初見つけられませんでした。
子どもが身を隠す場所は、大人の想定を超えることがあるという教訓を、この事件は残しています。
ただし、今回のケースには大きな違いがあります。
北海道の男児はTシャツとジーンズ姿で、季節も冬ではなく夜間の気温は9度程度でした。
一方、樋口まりんさんの失踪は真冬の氷点下。
暖房のない空き家や納屋に一晩以上いれば、凍死のリスクは極めて高いのです。
仮に生存しているとすれば、誰かが彼女を匿っている可能性を考えざるを得ないでしょう。
次に考えられるのは、誰かの車に乗って十日町市を離れたというシナリオです。
彼女が失踪した午後7時頃から、保護者が通報した午後7時50分すぎまでの約50分間。
この間に車で移動すれば、十日町市の中心部から相当な距離を離れることができます。
さらに通報が入ってから警察が動き出すまでのタイムラグを考えると、関越自動車道にアクセスして県外に出ることも物理的には可能だったかもしれません。
問題は、誰がその「協力者」なのかということです。
見知らぬ人間の車に中学生が乗り込むとは考えにくいですから、彼女と何らかの接点があった人物と見るのが自然でしょう。
その場合、連絡手段はスマホ以外に何かあったのでしょうか。
この点は大きな疑問として残ります。
現代の中学生にとって、SNSは生活の一部といっても過言ではありません。
LINEやInstagram、あるいはTikTokを通じて、親の知らない人間関係を築いていることは珍しくないのです。
これは決して樋口さんのご家庭に限った話ではなく、どこの家庭でも起こり得ることです。
もし彼女がSNS上で知り合った人物と密かに連絡を取り合っていたとしたら、逆にスマホを置いていった理由も説明がつきます。
というのも、スマホにはGPS機能がついています。
位置情報を追跡されることを警戒するなら、わざとスマホを置いていくという選択肢は十分にあり得るのです。
ただし、それは彼女が「自分の意思で」出ていった場合の話です。
もし相手が悪意を持った人物で、巧みに誘い出されたのだとすれば、事態はもっと深刻になります。
2019年に山梨県のキャンプ場で小学1年生の女児が行方不明になった事件では、2年8ヶ月後にようやく遺骨が発見されました。
あの事件では、お母さんに対する根拠のない誹謗中傷がネット上で横行し、逮捕者まで出る事態となりました。
今回の事件でも、樋口さんのご両親に対する憶測や批判がネット上に見られます。
しかし、根拠のない非難は何も生みません。
むしろ、捜索や情報提供の妨げになりかねないことを、私たちは過去の事件から学んだはずです。
いま一番心を痛めているのはご両親なのですから。
やや突飛に聞こえるかもしれませんが、実は彼女がまだ自宅内にいるという可能性も完全には排除できません。
過去の失踪事件では、押し入れや屋根裏、床下収納など、家族が思いもよらない場所に隠れていたケースが存在します。
千葉県茂原市で行方不明になった女子高生が、実は近くの神社に2ヶ月半も隠れていたという事例もありました。
思春期の子どもは、時として大人の想像を超える行動をとることがあります。
もちろん警察は自宅内も捜索しているはずですが、本人が見つかりたくないと思って隠れているなら、一度や二度の捜索では発見できないこともあるでしょう。
特に雪国の住宅には、屋根裏、物置、収納の奥、断熱のための空間など、外からは想像しにくい死角が多いのです。
療養中で精神的に不安定だったとされる状況を踏まえると、発作的に人目につかない場所に身を隠したとしても不思議ではありません。
この場合、スマホや財布を置いていった点も説明がつきます。
外出や逃走ではなく、あくまで「隠れる」行動であれば、持ち物を持ち出す必要がないからです。
足跡が見つかっていない点も、自宅内にいたと考えれば自然です。
雪の残る時期に本当に外出していれば、痕跡が一切ない方がむしろ不自然ではないでしょうか。
この可能性は低いとは思うものの、完全にゼロとは言い切れないのが正直なところです。
新潟という土地には、どうしても拭えない「影」があります。
1970年代から80年代にかけて、この地で多くの人々が忽然と姿を消しました。
当時は「家出」や「蒸発」として片付けられたケースも少なくなかったのですが、後にそれが北朝鮮による拉致だったと判明し、日本中に衝撃が走りました。
この事件を知ったとき、新潟で過去に起きた事件の記憶が、どうしても頭をよぎってしまった人も多いのではないでしょうか。
もちろん、現時点では何も分かっていません。
事故の可能性もあれば、自発的な外出の可能性もあります。
しかし、新潟という土地で起きた少女の行方不明を、過去の歴史と切り離して考えることは難しいのかもしれません。
「拉致」という言葉を軽々しく使うべきではないことは、十分に承知しています。
しかし、新潟県民にとってこの言葉は、他の地域の人々が感じる以上に重い意味を持っているようです。
1977年から78年にかけて、新潟県柏崎市の海岸で若いカップルが次々と姿を消しました。
当時は「駆け落ち」などと噂されたこともあったのですが、それが北朝鮮の工作員による計画的な拉致だったと判明したのは、なんと20年以上も後のことでした。
横田めぐみさんが新潟市内で下校中に連れ去られたのも、1977年のことです。
こうした歴史を持つ土地で、14歳の少女が「痕跡を残さずに」消えたという事実は、過去の記憶を呼び起こしてしまう面があるのでしょう。
今回の現場となった十日町市は、柏崎市や新潟市のような海岸部ではありません。
山間部に位置し、日本海からは車で1時間以上の距離があります。
だから「北朝鮮による拉致」という線は、地理的に見れば可能性が低いと考えられます。
船を使った移動が前提となる国家的な拉致であれば、わざわざ内陸の山間部まで入り込むメリットがないからです。
しかし、ネット上では別の仮説も指摘されています。
「拉致」という言葉が指すのは、必ずしも北朝鮮だけではありません。
国内の犯罪者による連れ去り、組織的な人身売買、あるいは顔見知りによる誘拐等、これらすべてが広い意味での「拉致」に含まれます。
そして新潟県は、そうした事件が過去に複数回発生している土地でもあるのです。
新潟県三条市で起きた少女監禁事件は、1990年から2000年まで9年2ヶ月にわたって続きました。
当時9歳だった少女は、下校途中に突然姿を消し、犯人の自宅2階に監禁され続けたのです。
犯人は犯行時27歳の男性で、母親と二人暮らし。
社会との接点が極めて少ない、孤立した生活を送っていたといいます。
この事件で最も衝撃的だったのは、少女が「すぐ近くにいた」という事実です。
犯人の自宅は、少女が通っていた小学校からわずか数キロの距離でした。
警察も当初は「家出」として処理し、本格的な捜査に踏み切るまでに時間がかかりました。
結果として、少女は9年以上もの歳月を奪われることになったのです。
ご両親の苦しみは、想像を絶するものだったに違いありません。
今回の樋口まりんさんの事件と比較したとき、いくつかの類似点が浮かび上がります。
まず「争った形跡がなく忽然と姿を消した」という点。
三条市の事件でも、少女は突然姿を消し、周囲は何が起きたのか分かりませんでした。
犯人は車を使って少女を連れ去り、自宅に監禁したとされています。
今回も、もし第三者が関与しているとすれば、車両を使った迅速な移動が想定されます。
足跡が残っていないという状況は、被害者が地面をほとんど歩いていない可能性を示唆しているからです。
また、三条市の犯人は地元住民でした。
よそ者が目立つ田舎の環境で、外部の人間が犯行に及ぶのは難しいのです。
むしろ、その土地の事情をよく知る人間の方が、死角や盲点を熟知しているといえます。
新座地区もまた、山間部の小さな集落です。
外部からの訪問者は目立ちやすく、逆に言えば地元の人間であれば怪しまれにくい環境なのかもしれません。
もちろん、これはあくまで過去の事例との比較であり、今回の事件に当てはまるとは限りません。
ただ、もし拉致の可能性を感じる地元の人がいるならば、しっかり監視の目を光らせてほしいと思います。
もし今回の事件に第三者が関与しているとすれば、「なぜ真冬の豪雪の夜だったのか」という疑問が浮かびます。
一見すると、大雪の日は犯行には不向きに思えます。
車の移動も困難だし、足跡が残りやすいからです。
しかし、逆の見方もできます。
豪雪地帯の冬の夜は、人通りがほとんどないのです。
近隣住民も家の中に閉じこもり、外の様子を気にする人は少ない。
降り続ける雪は、足跡や車の轍をあっという間に埋めてしまいます。
つまり、証拠が残りにくい条件が揃っていたともいえるのです。
さらに、寒さは被害者の体力を奪う効果もあります。
上着も靴もない状態で外に出れば、数分で身体は凍えてしまいます。
抵抗する気力も体力も失われやすくなるのです。
三条市の事件が発生したのも、11月下旬の寒い時期でした。
新潟県内の重大事件が冬季に発生しているケースがあることは、偶然ではないのかもしれません。
ただし、これらはあくまで「もし第三者が関与していたら」という仮定に基づく考察です。
事故や自発的な外出の可能性も、まだ排除されていません。
今回の捜索で多くの人が首をかしげているのが、なぜ足跡が追えないのかという点ではないでしょうか。
警察犬も投入されたというのですが、有力な手がかりは得られていないようです。
十日町市は日本有数の豪雪地帯として知られています。
事件当日は大雪に見舞われており、氷点下の厳しい冷え込みでした。
これほどの積雪があれば、通常なら足跡はくっきりと残るはずです。
新雪を踏めば、その痕跡は数時間は消えません。
それなのになぜ、彼女の足跡は見つからないのでしょうか。
考えられる理由は大きく二つあります。
一つは、彼女が外に出た後に雪が降り続け、足跡が埋もれてしまったという可能性です。
豪雪地帯では短時間で数十センチの雪が積もることも珍しくありません。
もし失踪直後から激しい降雪があったなら、足跡は夜のうちに消えてしまったかもしれません。
北海道の男児事件でも、強い雨が捜索の障害になったと報じられました。
天候は時として、人間の努力を無力化してしまうのです。
もう一つは、彼女が「地面に足をつけていない」という可能性です。
つまり、玄関を出てすぐに車に乗り込んだか、あるいは誰かに抱えられて運ばれたということです。
この場合、足跡は玄関先からほとんど残りません。
山梨のキャンプ場事件でも、女児がどのルートで移動したのか、最後まで特定することはできませんでした。
広大な山林を1,700人以上が捜索しても、一人の小さな子どもを見つけることができなかったのです。
捜索というのは、私たちが想像する以上に困難を極めるものなのかもしれません。
この事件を調べれば調べるほど、「普通ではない」と感じるポイントが次々と浮かび上がってきます。
ここでは特に不可解な5つの点を整理してみたいと思います。
1月下旬の十日町市は、日本有数の豪雪地帯として知られる極寒の地域です。
深い積雪に囲まれた環境で外に出るというのは、地元の人間からすれば相当な覚悟が必要な行動でしょう。
「ちょっと外の様子を見る」程度でも、雪国の人間は必ず何か羽織って出るものです。
彼女が出ていったということは、よほど急いでいたか、あるいは「すぐに戻れる」と確信していたか、どちらかではないでしょうか。
あるいは、何かに追い詰められて発作的に飛び出したのかもしれません。
今の中学生にとって、スマホは身体の一部といっても過言ではありません。
友人との連絡、SNSのチェック、音楽を聴く、動画を見る。
あらゆる場面でスマホは欠かせないツールになっています。
そんな「命綱」を置いたまま外出するというのは、本人の意思による計画的な行動とは思いにくいのです。
あるいは、GPS追跡を避けるためにわざと置いていったという可能性も考えられますが、いずれにせよ極めて異常な状況です。
報道によれば、当初は彼女が普段履いている靴は自宅に残されていたとされていました。
これが事実なら、裸足か、あるいは室内用のスリッパ程度で外に出たことになります。
氷点下の積雪の中を裸足で歩けば、数分で凍傷になりかねません。
しかしその後、黒色のブーツがなくなっていることが判明し、情報は修正されました。
この情報の混乱は、捜索の初動にどのような影響を与えたのでしょうか。
いずれにせよ、初期情報と後の情報にズレがあったという点は気になるところです。
豪雪地帯で足跡が残らないというのは非常に不自然な現象です。
前述したとおり、降雪で埋もれたか、そもそも地面を歩いていないかのどちらかでしょう。
車に乗せられたのか、抱えられたのか。
いずれにせよ、自力で歩いて遠くへ行ったとは考えにくい状況ではないでしょうか。
多くの人が疑問に思っているのが、なぜ保護者は失踪から約20分で警察に通報できたのかという点です。
一般的には、子どもの姿が見えなくなっても、まずは家の中や近所を探し回るのが普通でしょう。
それが約20分で110番というのは、かなり早い判断といえます。
しかし、これは私の考察ですが、豪雪地帯ゆえの危機意識の高さがあったのではないでしょうか。
氷点下の夜に外に出れば、命に関わります。
さらに、療養中で体力が低下していたとすれば、なおさらです。
その切迫感が、迷わず通報という行動につながったのかもしれません。
山梨のキャンプ場事件では、女児の姿が見えなくなってから通報まで約1時間かかりました。
当初は自分たちで捜索していたためです。
どちらが正しいということではありません。
ただ、樋口さんのご両親が早期に通報したことで、捜索開始が早まったことは事実です。
これは正しい判断だったと、私は思います。
ネット上では、父親の証言をめぐる憶測が広がりました。
「父親が冷静すぎる」「通報が早すぎて不自然」「家族間のトラブルを隠しているのでは」といった声が相次いだのです。
私はこの反応を知ったとき、なんとも言えない気持ちになりました。
たしかに、事件や事故が起きたとき、人は「なぜ」を知りたがるものです。
犯人は誰なのか、何が起きたのか、誰かに責任はないのか、と疑問を追求していきたい気持ちは私も同じです。
でも、我が子が行方不明になった親に対し、SNSで「冷静すぎる」と断じることは控えなければいけないと考えています。
父親への疑いが的外れである理由を理解するためには、樋口まりんさんと家族が置かれていた状況を知る必要があります。
父親は取材に対し、娘が2025年暮れ頃から病気のため自宅療養中だったと明かしています。
「元気な時の方が少ない状態だった」という言葉からは、家族がどれほど娘の体調を気にかけていたかが伝わってきます。
その背景を踏まえれば、父親の行動がいかに合理的だったかが見えてくるはずです。
療養中、家族はまりんさんの体調変化を細かく観察していたようです。
父親は「夜、みんながいる中でいなくなるとは思っていなかった」と語っていますが、これは家族の結束の強さを表しています。
まりんさんがリビングから出ていく姿を見て、「風呂に行ったと思った」というのも、日常の習慣に基づいた自然な判断でしょう。
しかし、わずかな時間で異変に気づいたのは、病状を考慮した警戒心の表れと考えられます。
療養中の子どもを持つ親であれば、少しの変化にも敏感になるのは当然のことです。
1月下旬の十日町市は、積雪2メートル50センチ超、気温マイナス3度以下の極寒です。
療養中で体力が低下している娘が、そんな環境で外に出てしまったら、命に関わります。
父親はその危機感を誰よりも強く感じていたはずです。
「万が一を考えると待っていられなかった」という涙ながらの言葉には、親としての切迫した思いが込められています。
もし通報が遅れていたら、取り返しのつかない事態になっていたかもしれません。
その焦りを「早すぎる」と疑う声がありますが、それは療養生活の文脈をまったく無視した憶測でしかありません。
幸いなことに、現在のXでは憶測に対する空気が大きく変化しています。
父親を疑う投稿に対し、「神経を疑う」「想像だけで人を裁くな」「家族への二次被害だ」とする厳しい批判が相次いでいるのです。
「今は犯人探しごっこをしている場合ではない」「家族がどれほど追い詰められているか分からないのか」「通報が早いことを怪しむ発想が理解できない」といった声が広がり、憶測を書き込む側が非難される構図が明確になりました。
特に、「冷静すぎる」という指摘に対しては、「インタビューという限られた場で感情を抑えるのは当然」「泣き叫ばなければ納得しない社会の方がおかしい」と、その前提を否定する意見が目立ちます。
過去にも、ネット上の憶測が当事者を追い込み、深刻な二次被害を生んだ事例は繰り返されてきました。
1994年の松本サリン事件では、被害者である河野義行さんが「犯人」として報道され、家族ともども凄まじいバッシングを受けました。
2016年の北海道男児行方不明事件でも、父親に対して根拠のないバッシングが起きました。
2019年の山梨キャンプ場女児行方不明事件でも、母親に対する根拠のない誹謗中傷が横行し、逮捕者まで出る事態となりました。
私たちは、その教訓を忘れてはいけません。
「違和感」という言葉で責任を回避しながら人を疑う行為は、単なる考察ではなく加害行為になり得るのです。
一番心配しているご両親のことを考えると、そこは本当に気をつけなければいけないと思います。
失踪から1週間以上が経過しても、彼女は見つかっていません。
警察と消防が懸命に捜索を続けているにもかかわらず、有力な手がかりは得られていないようです。
それでも発見できないのは、なぜなのでしょうか。
一つの可能性は、彼女が見つかりたくないと思っているケースです。
もし彼女が意図的に隠れているとすれば、捜索を避けることは不可能ではありません。
千葉県茂原市で行方不明になった女子高生が、近くの神社に2ヶ月半も隠れていた事例を思い出します。
療養中の彼女が「一人になりたい」「誰にも見つかりたくない」と思っているとすれば、発見はさらに困難になるでしょう。
もう一つの可能性は、考えたくないですが、すでに彼女の身に何かが起きているケースです。
氷点下の環境で、長時間過ごせば、低体温症のリスクは極めて高くなります。
療養中で体力が低下していたとすれば、なおさらです。
どうか、最悪の事態だけは避けてほしい。
彼女がどこかで温かくして身を潜めていることを、心から祈っています。
あるいは、誰かが彼女を保護していて、まだ名乗り出ていないという可能性も残されています。
もしそうだとすれば、一刻も早く警察に連絡していただきたいと思います。
新潟県警・十日町警察署は、引き続き情報提供を呼びかけています。
発見・目撃情報があれば、すぐに十日町警察署(025-752-0110)まで連絡をお願いします。
県内外から多数の情報提供があるとのことですが、どんな些細な情報でも、彼女の発見につながる可能性があります。
1月26日午後7時頃から深夜にかけて、十日町市新座地区周辺で不審な車両や人物を見かけた方。
14歳前後の少女を見かけた方。
どんな情報でも構いません。
「あれは関係ないかも」と思っても、警察に連絡していただければと思います。
どれだけ情報を集めても、この事件を「普通の家出」として片付けることはできないでしょう。
物理的な矛盾があまりにも多すぎるからです。
氷点下の豪雪地帯で、スマホも財布も持たずに消えた14歳の少女。
足跡は残らず、目撃情報も限られている。
これを「自発的な外出」だけで説明するには、あまりにも無理があるように思えます。
新潟県では過去に、少女が9年間も監禁された痛ましい事件が起きています。
あの事件も、当初は「家出」として処理されかけました。
同じ過ちを繰り返してはなりません。
北海道の男児は、6日後に奇跡的に生還しました。
彼は自力で安全な場所を見つけ、水を確保し、寒さをしのいだのです。
山梨の女児は、残念ながら帰ってくることはありませんでした。
2年8ヶ月後、ボランティアの男性が遺骨を発見したのです。
どうか、樋口まりんさんには前者のような結末であってほしい。
どこかで誰かに保護されていて、温かい場所で生きていてほしい。
子を持つ親として、ご両親の気持ちを思うと言葉が出ません。
きっと眠れない夜を過ごしているのでしょう。
子どもが突然いなくなるという事態は、どんなに気をつけていても起こり得ることです。
ご両親を責めることは、誰にもできません。
一日も早く、まりんさんが無事に見つかることを心から願っています。
一人で隠れているなら、家に帰ってきてほしい。
ご両親は、きっと温かく迎えてくれるはずです。
「迷惑だなんて思わないから戻ってきてほしい」——父親のその言葉が、どうか彼女に届きますように。
そして、全国でこの事件を見守っている多くの人々の祈りが、彼女の無事につながりますように。
情報をお持ちの方は、十日町警察署(025-752-0110)までご連絡ください。
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